【岡崎 太郎】億万長者のすごい習慣
INDEX
動画で見たい方はこちら
『億万長者のすごい習慣』著者岡崎 太郎さんとは?
【岡崎 太郎さんプロフィール】
1970年1月17日福岡県生まれ。通信販売関連の執筆多数。全国でのセミナー講演でご活躍。独自の通販経験に基づいたマーケティング論や商い論を展開、わかりやすさが好評となっている。また通販商材の開発、データベースマーケティングやCRMのいずれも実践の中から削りだされた骨太手法で、すぐに現場で応用が可能。平成16年からは「夢実現手帳モチベーションシート」の伝承者としてもご活躍。
【著書】『億万長者のすごい習慣』
【公式HP】岡崎太郎さんオフィシャルサイト
小林 : こんにちは、小林正弥です。今回は、著者対談ということで、『億万長者のすごい習慣』を出された岡崎太郎さんにお話を伺っていきます。岡崎さんとは、先日ある週刊誌の対談でご一緒させていただきました。岡崎さんは、人からもお金からも愛される方で、すごく岡崎さんのファンになってしまいました。
今日はどうすれば億万長者になれるのかということで、ホワイトな億万長者もいれば、ブラックな億万長者もいますが、お金ってパワーがあるので、その周辺に幸せもあれば、不幸もあると思います。実際にその辺りを目の当たりにしてきた岡崎さんに、いろいろお話を伺っていきたいと思います。よろしくお願いします。
岡崎 : よろしくお願いします。
小林 : 最初に簡単にご自身のことを教えていただけますか。
岡崎 : 本は18冊書いてます。電子書籍も5冊くらい書いてます。でもこの8年間は書いてなくて、8年ぶりにこの『億万長者のすごい習慣』を出したんだけど、それまで何をやっていたかというと、通販コンサルや、健康食品や化粧品の商品開発などをやっていました。
小林 : 上場も2回されてますね。
岡崎 : ジャスダックと、ヘラクレス。
億万長者の定義について
小林 : まず億万長者の定義について、億万長者はどういう人たちなのか教えてください。
岡崎 : ドルと円で違うから、難しいよね。億万長者だったら1億円、ドルで言うと、1億円は100億円になってしまうから、100倍違う。海外で億万長者と言ったら100億円だけど、日本では1億円ぐらい。この本を書くにあたって、僕もいろいろと過去の新聞や本を調べて、ロバート・キヨサキの書いた『金持ち父さん貧乏父さん』の中に出てくる定義も見ました。税務署が出してるもの、野村證券が出してるものも見たんですが、一般大衆の生活感覚で言えば、単純に資産を1億円持っている人のことを億万長者と言ってるんじゃないのかというところに、着地してみました。
小林 : 日本人の40人に1人は、資産1億円のミリオネアだと。
岡崎 : 例えば私立のお嬢様学校に行くと、1クラス30人でも、28人ぐらいミリオネア。
小林 : 学費が高いから、そういう人しか行けないですよね。
岡崎 : 公立の偏差値の低いようなところに行けば、1人もいないということもあるかもしれない。
小林 : クラスに1人というのはデータで、固まってますよと。
岡崎 : 例えば東京に集中してるから、鹿児島や沖縄にはいないよ。
小林 : 岡崎さんは億万長者に囲まれていたと思いますが。
岡崎 : 億万長者はそんなに難しくないのよ。
小林 : そこを切実に聞いてみたいです(笑)
岡崎 : 中目黒の駅前で石投げたら、大体みんな億万長者よ。銀座行って、石投げたら、中国人も10億ぐらい持ってる。
小林 : 持ってる人は、持ってる。
岡崎 : 持ってる人は意外に多いということを、自分の潜在意識に入れないと。「億万長者なんてなれないよね」「億万長者なんて珍しいよね」ではなくて、「僕以外、全員億万長者よ」ぐらいにしたら、気が楽になるんじゃない?
岡崎さんの経歴とビジネスマインド
小林 : 岡崎さんのこれまでの経歴をお聞きしたいんですが、今、大成功されていますが、もともと金持ちのおうちに生まれたわけではない?
岡崎 : そうだね、母子家庭だったよ。
小林 : 東大法学部を出てというようなエリートコースでもない?
岡崎 : 高校までしか行ってないよ。
小林 : ある程度の人生のタイミングまでは、億万長者が全然いなかった?
岡崎 : うちのじいさんが74歳で、僕が20いくつのときに死んだんですが、じいさん、もともと実業家ですごい儲かってて、山も持ってた。従業員も何十人も雇ってた。でも、経理のやつがこれと結託して、会社の金を2億ぐらい持ち逃げしたらしい。会社つぶして。そういうのがあるから、僕の中に流れているビジネスマインドみたいなのは、じいさんの力があるかな。
小林 : 隔世遺伝的な側面があるんですね。
岡崎 : おやじもちょっと天才派だったし。
小林 : 母子家庭というのは、お父さんが早くに亡くなられて?
岡崎 : おやじが放蕩して離婚しただけだけど。僕はずっとアルバイトしてて、バイト先の兄ちゃんが結構金持ってたり、というのがあったな。
小林 : お金持ちの人は、結構周りにいたんですね。
岡崎 : いた。小学校3年ぐらいまで、結構裕福だったから、僕の家の前にみっちゃんという女の子がいたけど、みっちゃんの家もすごかった。車、5台ぐらいあって、すごい屋敷。電動シャッターで、車が同時に2台通れるぐらいでかい。芝生の庭だけで200坪ぐらいあった。隣は1500坪ぐらいあった。
小林 : そういう意味では、いつも億万長者に囲まれてたと。どういうキャリアで今に至るんですか。
岡崎 : この話すると、長くなるよ(笑)
小林 : 岡崎さんだからできたんじゃないかと思っちゃうので。
岡崎 : 高校卒業して、一番最初に行ったのがサラ金の武富士。武富士で2年ぐらい働いて、その後展示内装。ショールームつくったり、幕張メッセのじゅうたん張ったり、パネル立てたり、電気つけたり、ああいう仕事をしてた。その後が、訪販。高齢者騙して、100万円売ったり。そして通販。全部雇われ。22歳の訪問販売しているときの給料が、もう80万ぐらいあった。これは儲かるなと思って、すぐヤナセ行って、アウディ買った(笑)稼ぐの、売るの、上手。神童って呼ばれたよ。
売る秘訣は人にいかに好かれるか
小林 : 訪販と通販、売るのが上手というのは、秘訣はあるんですか。
岡崎 : 僕だったら、どのポイントで買いたくなるか。なんと言われたら買いたくなるか。嫌いな人からは買いたくない、好きな人から買いたい。もうちょっと言うと、応援したくなる若者から買いたい。22歳で80歳の人に100万売る、それも初めて会って、1時間20分くらいで売らないといけない。クレジット用紙に名前を印鑑を押させないといけない。もう詐欺だよね。10センチ先が見えないぐらい真っ暗で、面白かった。でも、今あんなことしたら捕まると思う。
小林 : 短時間で信頼を構築して、すごいですよね。
岡崎 : 信頼は構築はできない、まやかしです。今考えると本当にひどいと思う。この頃、ずっと頑張ていたのは、心理テクニックやセールストークとかではなくて、いかに相手に好かれるか。ということ。
小林 : 人に好かれるんだなというのが、僕も一回でじわじわ来ちゃって(笑)
岡崎 : まず、こぎれい。笑顔。これが大事。こう言うと普通の話に聞こえるけど、ものすごい気合入れて、行ってた。今考えても、あんなもの売れるわけがない。
小林 : 人で買ってもらっていたようなところがあるんですね。
岡崎 : だけどそんなこと言いながら、商品知識も日本一。すごい勉強してたし、どんな球が来ても打ち返せるから、がっついてない。返せないと思うから、返しが早くなる。いつでも返せると思ったら、「そうですか?」とゆっくり、「ああ、なるほどね。それはですね…」と返せる。
小林 : 売る秘訣ということで、まずは清潔感、笑顔とか基本的なことだけど、それを徹底する。
岡崎 : あと、これを買うのが当然と思うということ。
小林 : 売っている自分自身が?
岡崎 : お客さんが。お客さんが「買うのは当然。なぜならこんな商品だから」と思う。原価7.5パーセントだから、今考えるとひどい。粗利92.5、今まで売った商品の中で、一番すごい。広告代が6割かかってたから、儲からない。なんでも売れるのよ。
小林 : そこで、売るベースを作ったんでね。
岡崎 : その頃は、「石でも売れる」と言ってたから。「そこに、新聞紙の束があるだろ。あれ、売ってこい」とか言って、「どうやって売るんですか、先輩」「僕だったら、こうやって売るね」と言ってやってた。
小林 : すごい先輩もその世界にいたんですか。
岡崎 : もう山師、海千山千。そんな話はいいでしょ(笑)
次元上昇することの重要性
小林 : 現実的なところで言えば、人に好かれるということ。徹底した商品知識。商品知識が甘い状態で臨んでる人が、多いですよね。
岡崎 : だけど、それは普通。商品知識日本一というのは、あって当たり前、それを鼻にかけた途端に売れない。偉そうになってしまう。教えてやろうか、みたいなことになる。面白いもので、商品知識がなくて、お客さまと素直に向き合ってるときのほうが売れたりする。そういう意味で、僕が商品知識があったほうがいいよと言ってるのは、心の余裕が生まれるからであって、商品知識をお客さまに見せびらかすのは、決していいことではない。
次元上昇しないと駄目。勉強して、勉強して、踏み固めたら、世界が一段階上がる。上がった瞬間に、たいしたことないなと思う。たいしたことないなと思ったら、緊張もしないし、リラックスして、もう一つ高い次元でものが見えるようになるから、話が決まるのが早くなる。それがセールスのコツ。
「お客さんは、もう欲しいと今思ってる。まだ会ってないのに。その欲求が、ますます高まっていってる。ちょうどわれわれが駐車場に着いたら、お客さん、居ても立っても居られなくなって、印鑑に朱肉を打って待ってる。ピンポンと押して、ガラガラ開けたら、“どこに印鑑打ったらいい?”というぐらいキテルよ。そういうイメージでいこう」と、先輩とよく言ってた。
小林 : すごいですね、それだったら笑顔にもなれるな。「出ていけ!」と言われるイメージだったら、顔がこわばっちゃうじゃないですか。
岡崎 : 福顔で、「この人と一緒にいたら、うまくいくんじゃないかな」と相手に思わせるというのは、そういうことだよね。
人生を変えたセールスマンとの出会い
小林 : 訪問販売を経て、通信販売へ移ったんですね。
岡崎 : もう嫌だったの。話が戻るけど、買ったアウディで高速道路ぶっ飛ばして、180キロで捕まって、免許なくなった。罰金18万ぐらい。運転免許がなくなって、訪問販売ができなくなった。結婚して間もないときだったので、事務員をした。ちょうど会社が、3店舗になって、4店舗になってといくときで、オリジナルの商品をつくった。その在庫管理もしないといけないし、売り上げも集計して、給与計算もしないといけない。総務のリーダーみたいなのに、当時なった。それで80、90万の給料をもらってた男が、翌月から手取り25万になった。そこから1年で45万上げた。ボーナスは100万もらった。
小林 : 攻めも守りもできるようになった。
岡崎 : 事務方をやってるときに、結局支店が20店舗ぐらい出て、会社の売り上げも2年で30億ぐらいいった。営業マンが、全国津々浦々100人ぐらいいたけど、これがクズすぎる。売り切れない。僕は売り切る。年は10も20も上のくせに。みんな気分にむらがあるから、売上目標を達成できないの。それが嫌だった。通販だったら、広告見てお客さんが来るから、ぶれが収まるんじゃないかと思った。
小林 : 広告で、自分がダイレクトマーケットにできるから、通販に行った?
岡崎 : 正確に言うと、出会いがあった。あるとき、会社に訪問販売が来た。セゾンコーポレーションのなんとかさんという、企画の責任者だったおじさんが、社長に「もたもたやってるなら、その辺の会社に売ってこい」と言われて、いきなり訪販しないといけなくなって、うちに来たのが4件目。気の弱い人で、全部門前払い。当時、僕が23歳、彼が33歳ぐらい。「どうしたの?」って話聞いてあげたら、いきなりレディースコミックを持ってきて、めくったら中面のカラーページの裏にダイエット食品の広告が掲載してある。
「これ、うちのなんですよ」「どういうこと?」と言ったら、全国紙の漫画の、中表紙開けた裏側に載ってる広告が、福岡市の会社と思わないでしょ。僕、子供の頃、漫画家になるのが夢だった。それでつながって、面白いと思って、漫画家にはなれないけど、漫画に広告は出せるんだと。
話聞いて、その足でなんとかさんにセゾンコーポレーションに連れていってもらって、社長に会って、2時間ぐらい説明してもらって、「へえ、面白いですね」と言って帰ってきた会社の前に、ガソリンスタンドがあった。ガソリン満タンにして、ちょっと待っている間に、ガソリンスタンドの待合室に『an・an』が置いてあった。何の気なしに『an・an』を取ったら、後ろに6分の1広告という、小さい枠の広告があって、パッと見たら、新商品紹介コーナーがあった。今でも覚えてる。『an・an』で、“アンフォメ―ション”と書いてあった。
「この広告のお問い合わせは」じゃなくて、「このページのお問い合わせは、○○までとフリーダイヤルが下に書いてあった。その場で、フリーダイヤルかけた。「すみません、オンダさん、いますか」「僕ですけど」「今、『an・an』見てるけど、後ろに載ってるの、これ、広告?それとも何?」「広告です」「6分の1の小さい枠で、いくらする?」「25万ですけど、18万でいいです」「あんた、いきなり値切るな」と電話切った。それがある日の、秋の一日の出来事。これが、僕の人生変えた。それでそこに、広告出すようになった。それが一発目。
24歳で起業して成功するまでの道のり
小林 : それで何を出したんですか。
岡崎 : 僕が勝手に企画したギムネマプラスというダイエット食品ね。すぐ作った。
小林 : 通販の会社に勤めて作られたんですか?
岡崎 : その後、「これはいける」と思って、すぐ会社辞めるんですよ。自分でビジネスやろうと。そのとき、親戚の兄ちゃんが大阪で仕事してたから、その兄ちゃんに、「通販、儲かりますよ」と金出させて、つくった会社。24歳のとき。自分で事務所借りて、すぐ商品つくって、すぐ広告出したら、ブレイクした。1年で月1000万あった。2年目は1億。26歳ぐらいのときは、8~9億売れた。僕、その頃、ふりかけつくるみたいに、商品作ってた。
小林 : ふりかけを作るみたいに?
岡崎 : のりたま作るぞ、のり持ってこい、卵もフリーズドライ持ってこい、ごまもちょっと入れとくよ、ガラガラってやって、できた、みたいな。作るの、早かったな。
小林 : いろんなもの、作られたんですか?
岡崎 : 100種類ぐらい、次から次に適当につくった。研究室もないし、薬じゃないから治験もない。言ったら嘘っぱちだけど、サプリメントだから、中に入ってる原材料がちゃんとしたメーカーから買ってきたものを、規定量以上は入れる。効くか、効かないかは原料屋の話。こっちは混ぜるだけだから、まさにふりかけ。
コンビネーションと、ネーミングと、パッケージと広告。広告をどこに出すか。それまでのリードタイムが、どれだけ早いかだから。僕、早いときは、「あ、これ、つくろう」と言って、その1時間後にはデザインもできてて、印刷して、パッケージ張って、そのまま写真撮って、広告出してた。商品ができる前に、広告が出た。当時インターネットはないから、広告が出るのにどんなに早くても2カ月かかるから、やってる間にサンプルが届いて、売る。売れなかったら、やめる。売れたら、伸ばす。極めて詐欺師だね。
小林 : 通販が急拡大していくところを、まさに生きてきたという感じですか。
岡崎 : そんなことはないよね。たかだか10億、20億、子どもが売ってただけでしょ。
小林 : でも、そのときはめちゃくちゃ面白かったんじゃないですか。
岡崎 : 面白かったというか、僕は天才だと思ってた。みんなからも言われたし。1970年生まれだから、24歳のときに、インターネットが来た。94年の頭ぐらいにインターネットが来て、94年にはもうホームページがあって、通販もやってた。その前は、ニフティサーブというパソコン通信で、そこでも月500万ぐらい売ってた。化粧品の個人輸入とかやって。全然通販と関係ないサービスも、いろいろやったよ。今のYahoo知恵袋的なものとか。クリエイターがドラムだけ最初打ち込んで、違うクリエイターがベースを打ち込んで、違うクリエイターがギターとキーボード入れて、ボーカルは別のやつが入れるというのを、インターネット上でやるプラットフォームみたいなものを97年ぐらいにやったり。今の買い取りサイトみたいなものも、98年にやった。
小林 : 通販だけじゃなくて、いろいろなサービスを。
岡崎 : 今考えると、早すぎたと思うね。
様々な挫折を経て上場するまで
小林 : その中で30歳のときに、1回目の上場を?
岡崎 : 通販会社を29歳11カ月で辞めて、その頃って若いから、僕の中で通販はもういい、やり切ったと。誰がやっても、こんなの成功する。もう全然興味なくて、新しいことをしたくて、コンピューターのシステム開発の会社をつくった。通販やってるときに、データベースがとにかく面白かった。100万件、500万件の購入データがあって、今のビッグデータ、いろんなことがデータで分かる。これを何かやったらうまくいくんじゃないかと、2000年当時思ってた。
小林 : いろいろ10年先ぐらい早いですね。
岡崎 : それでいろいろなシステムつくってやったら、これが初めての挫折に近いんだけど、売れないの。天才だと思ってるから、最初から従業員10人ぐらい入れてやったんだけど、7カ月ぐらいで資金がショートした。銀行から3000万借りて、自己資金も2000万入れたし、5000万ぐらい、あっという間になくなった。
小林 : その後、どうなるんですか。
岡崎 : それは話長くなるので割愛するけど、それで化粧品の通販会社に拾ってもらって、その会社の社外取締役になった。あるとき、会合の後、昼飯に行こうとなったときに、「太郎くん、最近何やってるの?」と社長に言われて、「今度、大人向けのビジネススクールを、博多駅の前でやろうと思うんです」と言ったら、「計画、聞かせて」と言われて、「1億、2億かけて、ドでかくやろうと思ってまして」と言ったら、話に乗ってきて。
「当座の1億は僕が出す」と言われて、それで学校始めた。そしたらその学校が、また半年でつぶれて、2度目の挫折。それで、非常勤じゃなくて常勤の取締役で、通販の会社に再雇用される、これがよかった。普通銀行から借りてたら、1億借金抱えるところが、その人の1億を溶かしただけで。
小林 : しかも取締役採用ってすごいですよね。
岡崎 : これは恩返ししなきゃいかんと思って、その会社が上場に向かっていたので、2年ぐらいは一生懸命働いて、売上99億6000万ぐらいで上場した。
小林 : ほとんどの人が経験しないと思うので聞きたいんですが、上場するとどんなことが変わるんですか。
岡崎 :上場するとまず一番は、社長の銀行の個人保証が取れる。通常銀行からお金を借りるとき、社長が連帯保証するでしょ。上場するときは、上場する前に連帯保証が外れる。上場をキープできれば、連帯保証は外せるわけ。きちんと経営が行われている会社だから、社長が個人で連帯保証する必要ないでしょ、ということが一つ。あと、福利厚生や、コンプライアンスとか、ちゃんとしているということのお墨付きがもらえる。求人が楽になるとは、言われてるよね。
だけど一番違うのは、創業者利益の確定です。株式上場するというのは、株式市場で自由に株の売買が行われなければならないから、その流動性を担保する必要がある。流動性の担保には二つあって、一つは新株の発行。もう一つは、もともと持っている社長の株を市場に放出。この二つしかない。一番最初に上場に向かっていくときは、創業社長が大体10~20パーセントの株を放出する。この放出というのは、売買をしてるんです。売却ということ。それで少なくとも1億、多ければ5~10億、売却をするんです。ということは、社長がそこで5億~10億のお金を手に入れるということでしょ。なかなか日本の税制上、ないよね。ちょうど僕が上場したとき、税金の特別なんとか税のときだったから、上場利益が10パーセントだった。今は20パーセント。
小林 : 所得税と全然違うんですね。
岡崎 : 1000万投資して1億になったら、9000万の収入だから、9000万の10パーセント、900万でいい。創業者利益の確定というのが一つある。
小林 : 相当なキャッシュが岡崎さんにも入ってきた。
岡崎 : 僕はそのときは株はそんなに持ってなかったけど、僕が持ってた株も瞬間だけど3億ぐらい行った。気持ちがいろいろはやるよ。こんなにお金入って大丈夫かな、死んじゃうんじゃないかな、とかあるけど、まとまった金が入ってきたよね。
小林 : その段階で金融資産1億という基準はクリアしたと。
岡崎 : そういうことは意識してないけどね。
普通の人が資産1億円をつくるには
小林 : これから普通の人が資産1億円をつくるには、どうしたらいいですか。収入が高くても、資産が築けるかというと、また違うじゃないですか。金融資産1億円をつくるというのは、普通の人からすると大変かと思いますが、どうしたらいいですか。
岡崎 : 二つあって、1年後に1億といったら大変だよ。それは日本の税制の問題とかあるから、たくさん稼いでも持っていかれちゃうということがある。つまり何を考えなきゃいけないかというと、収入も大事だけど、税制にそれなりに明るくなるということ。
脱税はしたらいけないけど、節税をどうするか。税金を減らして、資産性のあるものに、どうやってお金を移すのか。そういうことは、ネットを叩けば出てくるし、シミュレーションができるぐらいは組めると思う。二つ目は、年収2000~3000万ぐらいの人たちが、その中からどうやって蓄財していくかという話だけど、自分も経験あるけど、2000万、3000万儲けるけど、3000万使うから。ひどいとき、4000万使う。意外となくなっちゃうよ。
一つ目で税制に明るくなったほうがいいよと言いながら、二つ目は無駄遣いをやめなさいということ。フェラーリとかポルシェ買ってたら、お金は貯まらないよね。ところが、もう一つあるんだよ。さっき次元という言葉が出たけど、自分の次元を上げないといけない。ビジネスクラスが普通、ポルシェに乗るのが普通、それが自分の中で普通だとレベルまでやり切ったら、自然と金はついてくる。
小林 : それは2000~3000万入ってきたら、それは当たり前だと思って、使うってことですか。
岡崎 : そうだね、全部使うことだね。
小林 : 全部使ってしまうんですね。
岡崎 : でもそれは、板につくまでやり切らないと駄目。1回、2回、10回、20回したぐらいじゃ駄目。
小林 : 記念的にビジネスクラス乗ったぐらいじゃ駄目?
岡崎 : 駄目。「僕、毎回ファーストクラス」みたいな。ぶれてる人は、今日リッツカールトン、明日アパホテルみたいなことするから。本当に板についてる人は、リッツカールトンに泊まっても普通。「リッツカールトンだから」「せっかくだから」とかない。そんなにはしゃぐこともない。日常感に持って来るのが、ポイントだと思う。そうすると、引き寄せが発動できると思う。
小林 : こうすると所得も5000万、1億と上がっていく?
岡崎 : 上がる。板についてない人が、バカラのグラスを買うとするでしょ。大体、箱に入って置いてある。板についてる人の家に行くと、そのまま出てくる。普通に行ったら、バカラに麦茶が入って、出てくる。僕の友達のシマダくんっているんだけど、最初本に書いてたんだけど、編集者が切りやがった(笑)何の話かと言うと、歯を磨くときのコップがバカラなの。なんでか分かる?
小林 : 毎日使うもの、だからですか。
岡崎 : 朝起きて一番最初に使うのが、バカラ。だから日常。変な話になるけど、リッツカールトンに泊まるでしょ。ベッドも最高、シーツも最高、枕も最高。朝、ボヤーッと起きるでしょ。リッツカールトンのシーツに包まれて、潜在意識が一番発動してる。アパホテルに泊まって、同じことが起きる?潜在意識がどう思うかというと、「お前、いつも偉そうなこと言ってるけど、アパホテルじゃないか」と。だから、潜在意識の自分を騙さないといけない。これが普通。そうすると、怖さとか全部消し飛ぶ。そうすると、実際問題、選択がものすごく早くなって、AかBかというとき、「金持ちはA」ではなくて、「A」ってなる。
小林 : 次元が低い状態だと、「こっちのほうが安いから」とかの選択になりますよね。
岡崎 : そうじゃない。もうワンウェイしかない。金持ちのマインドでものを見れば、それしかない。何をグズグズ言ってるの。ここが秘訣だと思う。
小林 : 通常でいくと、2000万、3000万あると使っちゃうんだけど、やり切って、無意識の自分が「これ、当たり前だ」と思えるまでいくと、上昇する。
岡崎 : ここのバランスを取らないといけない。そうは言っても、無駄遣いして、貯金もゼロだったら、なかなか心の余裕もできないだろうから、とりあえず1億円の前に、1000~2000万円の、自分が触らない金をつくる。この2000万というのは、再チャレンジ費用。何かあって会社がつぶれたりしても、2000万あれば再起できるでしょ。それはぜいたくしたいとかではなくて、自分の人生にここでドロップするんじゃなくて、もう一回分ということで置いとけばいい。
小林 : まず手元に、手を付けないお金をつくると。
岡崎 : そしたらあとは、自分のレベルを上げることに集中する。使ってみたら分かるけど、使えない。無駄にずるずる使うのは、せいぜい200万から300万ぐらい。500万使ってごらん、1000万使ってごらん、使い切れないよ。
ホワイトな億万長者と、ブラックな億万長者
小林 : 『億万長者のすごい習慣』の中で、ホワイトな億万長者と、ブラックな億万長者がありますが、それはお金の使い方や、稼ぎ方の中に差があると思いますが、見分け方というか、ブラックに落ちないようにというか。
岡崎 : 人をモノ扱いしてる人は、ブラックだよね。お金持ちの人には多い。奥さんもモノ扱い。恋人もモノ扱い。自分にとって便利がいい。これはアービンジャーの『小さな箱から脱出する方法』の話なんだけど、まさに同じだよね。人を人として見るとか、動物に対してもそうだけど、偉そうぶることなく、相手を尊重して付き合っているかどうか。お金があったり、社会的な立場があればあるほど、見失いやすい。そこを見れば、この人はちゃんとしてる、してない。僕が最近縁を切ったアホな金持ちがいるんだけど、金払いが悪い。こんな人とは付き合えない。ケチを通り越して、ずるい。金の使い方が汚いとかじゃない。その人は癖になってる。直らない。
小林 : 人が離れていっちゃう。
岡崎 : お前が払うのかな?割り勘なのかな?というときに、ぐずぐずする。僕はそういうの、一番嫌いだから、全部僕が嫌みのように払ってやる。そしたら、向こうから離れていっちゃう。僕といると恥ずかしいからじゃない?僕、いろんなところで言うからね。「あいつは、本当に金払いが悪い」みたいな。断罪。金は僕より持ってる。金も稼いでる。人望ゼロ。人生開いていく?
小林 : 人、離れていっちゃいますね。
岡崎 : びっくりするぐらい離れる。
小林 : 人をモノ扱いしているかどうかというのは、非常に分かりやすいモノサシですね。金を持ち出したら、そういう風に変わってしまうというのもあるんでしょうか?小金を稼ぎだしたら、偉そうになったりとか。
岡崎 : そういう人もいるだろうし、最初からそういう人もいるだろうし。やっぱり笑顔が出てないとかいうことにも全部尽きる。あと、話が面白くない、老害。なんで話が面白くなくなるかというと、殿様だから。裸の殿様。お金があって、社長やってて、「社長、社長」って言われる。2年、3年、「社長、社長」って言われると、大体アホになる。だから話が面白くない。面白くなくても、人が聞くから。
小林 : 本当に裸の王様ですね。
岡崎 : 話が面白くなかったら、「この人は殿様なんだな」と、僕はいつも思う。悲しいのが、当たり前の話しかしない。極めて一般的な話。普通なのに、自分は天下の首とったみたいな言い方する。
小林 : 人をモノ扱いしてるとか、話が面白くないという人は、ブラックな傾向があって、そのうちお金からも愛されなくなってしまう?
岡崎 : これはまた別。友達はお金しかないけど、お金はどんどん集まったりする。お金って、さびしがり屋だから、固めておくと集まる。人もそうでしょ。モノの性質って、同類が集まるようになっている。
お金との上手な付き合い方
小林 : 『億万長者のすごい習慣』の中で、DeNAの南場智子さんと岡崎さんは、33、34のときにやり取りがあった?
岡崎 : 2回目の上場の、洋服屋さんの取締役をやってるときに、店を出しませんかという話があって。
小林 : そのときに、「太郎くんは、金のにおいがするね」という話があって、あの方は1代でDeNAをつくられたじゃないですか。僕も岡崎さんは、人やお金に愛されてるなと感覚では分かるんですが、南場さんは「金のにおい」と表現されましたが、これって何ですかね?
岡崎 : 僕は汚いお金もいっぱい見たし、きれいなお金もいっぱい見た。そして、お金にはきれいも汚いもない。使うやつが、汚く使うか、きれいに使うか。お金には罪ないよね。お金をたくさん稼ぐことに対して、気持ち悪さとかもあまりない。ニュートラル。その反対に、ないと辛いよねというのはある。そういう意味で、お金が好きなわけ。やみくもにお金が好きとか、金があればなんでもできるとか、そういうのはない。極めてプレーンにお金が好き。お金が好きというより、ビジネスを組み立てたりするのが好き。
小林 : 初期の通販のエピソードも、商品出す前に広告つくって、ゲーム感覚でやってるような。
岡崎 : ますます最近ゲーム感覚。やってないことをやりたい。それやるために、どうしたらいいんだろう。お金、ないよね。お金は、ある人に出してもらえばいい。社会の目的みたいなのが、すごく大事。こういうために、こういう事業をしたい。それがうまくいった結果として、お金がもらえるなら、もらったらいいんじゃない?と僕は思ってるけど。基本的には、お手伝い。ただ、お金をもらわないのは駄目。
最近、1件だけ完全ボランティア的な仕事をはじめたんだけど、結論から言うと、やっぱり駄目です。向こう側も軽い。僕がいないと立ち上がってないし、僕の人脈を使って相当やってるにもかかわらず、うまくいくと自分の手柄みたいになってる。僕、まだ1円ももらってない。そういう変な気持ちがお互い芽生えるから、ちゃんと仕切って、これだけお金が発生するから、責任持ってやってよと縛られてるほうが、お互い気持ちがいいと思う。もう1件は、新規ビジネスのミーティングに参加してるんだけど、それは月たった10万しかくれないけど、ミーティング2時間10万って結構いいでしょ。僕からしたら、そんなの要らない。だけど行けば、こっちもパフォーマンス出さなきゃいけないと思う。それがただだと、「今日さぼろうかな」とか思う。お金っていろいろあると思う。
小林 : お金を介することで、お互いにちゃんとプロフェッショナルに。
岡崎 : それはあると思う。
小林 : お金にきれいも汚いもなくて、使う人の心。お金が介在したほうが、いい関係を築けるということもあるんですかね。
岡崎 : かっこつけて、「ボランティアでいいよ」って言ったんだけど、今言った「かっこつけて」というのが、本質になっちゃってる。僕はプロだから、プロフェッショナルとして、お金を請求するべきだったなと、今すごく反省してる。
プロとしてのお金の受け取り方
小林 : これは今から個人でプロフェッショナルでやる人にも、大事な教訓ですね。
岡崎 : 35、36のときに、ドリームインキュベータの堀紘一さんが、僕の一番最初上場した会社の取締役だった。ドリームインキュベータの上場案件では、2件目か3件目だったと思う。ドリームインキュベータの株が、それでドカンと上がった。
そのときは、堀さんと月に何回か会ってて、僕はその頃通販コンサルも一部やってたから、「成功報酬型にしたらどうかな?」と堀さんに相談したことがある。堀さん、すごいよ。コンマ1秒だよ。「僕はね、この仕事30年以上やってきたけど、成功したら金を払うと言って、成功報酬をもらったことは一度もない」。だから、みんな成功したら自分の手柄。君がプロだと言うなら、それだけの価値を提供できると信じて、それだけ請求しなさいと。
小林 : その言葉はしびれますね。
岡崎 : 僕はまだそのとき若かったから、「そんなことあるかなぁ」と思った。でも堀さんの言うとおりだったと思う。問題は、タイムラグが発生すること。コンサルタントして結果が出るのに、1年かかったり、2年かかったり。そのタイムラグを、どっちが担保するかということだから、それは仕事を依頼したやつが担保するってことじゃないのと。じゃあ、100パーセント成功するのか。馬鹿なこと言ったらいかん。
世の中、100パーセント成功することあったら、誰もチャレンジしない。半々なのか、1割なのか、2割なのか。その成功に対して、どういうふうに自分がコミットしてやっていくかということを、信頼関係の中で持ってるんだから、こっちからすれば何を言ってるんだという話。でも、いまだに言われるよ。コンサルティングって絶対成功させるんですか。絶対成功させるんだったら、なんでしないんですか。僕、一度も「絶対成功させる」なんて言ったこともないし、僕の今までの事業性でいっても、2割打ててるかなという感じだけど、それが信じられないならできないよと。別に無理してやってもらわなくていいし、というスタンスだから。
小林 : 健康的なスタンスですね。
岡崎 : 今、2段階契約みたいな金のもらい方で、頭の30万か50万を最初もらって、その後結果が出たら、その売上に対して、さらにチャージをもらうという2段階。20年ぐらいコンサルしてきて、これだったらいけるかなという感じ。
お金も幸せも継続的に得ていくために大切なこと
小林 : 年収が高いことと、資産を残すということは、また違う話だということがある中で、具体的なお話もいただいたし、プロとしてのお金の受け取り方についても教えていただきましたが、岡崎さん、何十年単位で、人とお金の栄枯盛衰みたいなものを見てこられたと思いますが、これからの時代、お金も幸せも継続的に得ていく人は、どんな人なのか、何が大切なのかを、最後にまとめて教えてもらえますか。
岡崎 : コンサルしてきて、うまくいった社長さんとか見ますが、必ずいいときばかりじゃない。
小林 : どんな成功者でも。
岡崎 : 細木数子みたいな10何年の周期とか、それは分からないよ。僕はおかげさまで、20年ぐらい一度も悪くない。17、18年前にちょっと死に目を見たけど、そこからはいいけど、でも分からない。もしかしたら健康に何かあるかも分からないし、自分のいい悪いじゃなくて、取引先が倒産したとかもあるかもしれないし、今回のゴーンさんみたいなこともある。マスコミ的にはゴーンが悪いということになってるけど、理不尽に濡れ衣的になるかもしれない。もしかしたら山手線で、「この人、痴漢です!」と捕まるかもしれない。だからいいときばかりじゃなくて、悪いときが常にある。
思うんだけど、悪いときに貯金いくらしても駄目。全部持っていかれちゃう。億とか持てないと思うから、もう一回自分がチャレンジできるかどうかが、すごく大事なんだけど、そのとき、助けてくれる人がいるかどうか。一番近い家族かもしれないし、今まで一緒にやってきたスタッフかもしれない。ものや金を自分の鎧のようにしようと思っても駄目。知識や資格でやろうとする人いるけど、それも駄目。
小林 : どんな成功者でも、浮き沈みがある。落ちたときに支えてくれるのは、金じゃなくて人であると。
岡崎 : そう。これを具体的にどうしたらいいのか。悪い人にちゃんと手を差し伸べるということ。
小林 : うまくいってないときに。
岡崎 : お金も貸せば、相談にも乗れば、「最近、連絡をしてこないあいつは元気かな」と電話をする。電話一本で全然違う。「太郎さん、電話ありがとう。あのとき僕、一番きつかったときに、飯でも行こうかと言ってくれた」とか。大きいお金を使わなくても、話聞いてくれるだけで涙が出そうだったとかあるよね。
それを自分がする。自分がするということは、自分がするんだから、僕以外にも発生していることだと。全世界で僕みたいなことを思ってやっているやつが、いるはずだ。そうやって言うから、またそれがこうなる。こういう社会のほうが、僕は柔軟性があると思う。ところが成功している人が、儲かったら自分の金、全部自分だけにする。それは人が寄り付かない。
小林 : 来季からうちの会社もちゃんと営業利益を出していこうというところで、利益の3割はメインの関係者で分配、3割は次の事業に投資して、3割は内部留保して、残りの10パーセントは寄付しよう。ちゃんと利益を出して、利益の10パーセントを毎年寄付しようというのは、ある人から教わったんですが、今の話ですごくそれがつながりました。ちゃんと利益出ているときほど、人にもしっかり払う。
岡崎 : それはボランティアの精神なんだよ。寄付金の話だけで組み立てていくと、話がややこしくなるから、相互扶助とか、フィランソロフィーとか、コーポの精神とか、あまりやると社会主義っぽくなるから、ちょっと違うんだけど。
小林 : すごく大事なメッセージを頂戴しました。これを聞いてる人も、今うまくいってる人もいると思いますが、必ずいいときもあれば悪いときもある。いいときだからこそ、悪い人にも手を差し伸べられたり、それが逆の立場でもやってくるという相互扶助の関係が、世の中ってあるんだなと。多分、長い年月、人やお金と関わってきた岡崎さんだから、ドーンと響くというか。
岡崎 : 小学校のときからそうだけど、転校生が来たら、転校生ってすぐ人気者になるよね。人間って、新しい人が好きなのよ。だけど、新しいものばかり追いかけてたら駄目よね。古い関係をいかに大事にするか、これが人生のポイント。僕は師匠がいるんだけど、27ぐらいのときからだから、22年付き合ってた。今、この師匠と僕が仲たがいしたとするよね。来年50歳でしょ。またそこから22年やろうと思ったら、72歳になる。
小林 : 現実的にお金を稼ぐとか、資産をつくるというお話と、根底にある人との付き合い方とか、いろんなことを何十年単位で経験された岡崎さんだからこそ話せるお話を、聞かせていただいたと思います。今日はどうもありがとうございました。
岡崎 : ありがとうございました。